大阪家庭裁判所 昭和42年(少イ)26号 判決 1967年10月27日
被告人 山下寛
主文
被告人を懲役三月に処する。
但しこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は吹田市山田上大阪大学敷地内において山下組飯場を経営しているものであるが、適切なる年齢確認の方法を尽さないで満一八歳に満たない児童である○田○二こと○岡○明(昭和二四年七月二九日生当時一七歳)を土工として雇入れ右飯場に居住させていたが、法定の除外事由がないのに右飯場に居住させていた昭和四二年七月六日、七日の両日間国鉄大阪駅構内において同人を所謂手配師の業務に従事させ、以つて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつてこれを自己の支配下に置く行為をしたものである。
(証拠の標目)(編 省略)
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人の判示所為は児童福祉法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項第三項本文に該当するところ、その所定刑中有期懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人を懲役参月に処し、情状により刑法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から弐年間右刑の執行を猶予することとする。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は本件飯場の様な職場では使用人の雇入れに際し児童本人の自供、外見、動作等からだけで児童の年齢を判断しており、且本件児童は本件犯行当時あと一ヶ月余りで満一八歳になる様な状態であつたから、その年齢の確認は困難な状況にあつたものであり、又児童本人は偽名を使用していたから仮に本籍照会をしても真実の年齢が判明する筈がないから、本件被告人に児童の年齢を知らなかつたことにつき過失がない旨主張するのでこの点につき検討するに、なるほど前掲証拠(証拠の標目に挙示した)に証人正木昭子の当公廷における供述、医師作成の○田○二名義の診断書を綜合すると、児童本人が被告人に対し年齢が満一八歳以上で氏名は○田○二であると信じさせる様に申欺いていたこと、又被告人が児童本人の言葉つき、態度、性格等の外見上だけからその年齢が満一八歳を超えているものと信じたこと、更に被告人は本籍照会等の確実な年齢確認の措置をとらなかつたことを夫々認めることができる。右事実及び前掲罪となるべき事実によると、被告人は児童本人の申立及び児童の身体の発育状況や外観的事情等のみによつて児童が○田○二という者で満一八歳以上であると軽信して十工として採用し、使用中児童の軽い怪我が原因で更に手配師の業務に従事させてこれを支配下においた事実を認定し得る。元来土工飯場の様な職場では兎角その仕事の性質上これに従事することを希望する者の少いところから、土工人夫の確保に不足をきたし悪質な手配師の如き者を通じてその人員の確保を計ることはたやすく推測し得るところであつて、児童にとつて必ずしも好ましいといえない、この種飯場の業務に成人に比し目前の利害、環境、情実に左右されやすい心身の完全でない児童がその使用者である飯場経営者の意のままに使用されることも凡そ想像にかたくない、この様な飯場の状況下で被告人は児童の怪我が原因で土工から手配師の業務に配置換しようとしたのであるが、手配師の様な業務は児童の心身に有害な業務であるから満一八歳未満の児童を手配師にする目的で自己の支配下に置いてはならないことはいう迄もないところで、使用者として満一七歳の児童を土工として使用する場合は格別(本件の場合は前掲証拠の標目に挙示した証拠によれば、児童は土工雑役の仕事に従事していたもので、一応土工としての業務は児童の心身に有害でない程度のものであると思料する)手配師の業務に従事させようとするに当り確実な児童の年齢を確認する必要があるのであつて、単に児童の外観的事情や満一八歳以上という児童の申立等による児童側の一方的資料によつてのみ年齢の判断をすることなく、戸籍謄本或抄本、住民票、米穀通帳等の公信力ある書面、その他児童の保護者への照会など通常可能な方法を以て児童の年齢を確認すべきであり、その調査方法が可能であつたのに、その方法をとらずこれを怠つたことは前記の如く明らかであるから、被告人に児童の年齢確認につき過失のあつたことは明らかである。尚弁護人は飯場の如き職場では通常使用人の採用については、児童本人の自供や外観的事情のみで児童の年齢を判断していると主張しているがなるほど飯場等では土工の採用に当つて左様な傾向のあることは推測し得るところであるが、本件犯行は土工として採用し使用したことではなく、土工の仕事から手配師の仕事に切りかえてこれに従事させこれを支配下に置いた点が問題なのであつて、土工人夫として支配下に置く場合と手配師として支配下に置く場合は勿論別個の問題で、手配師として使用するに当つてはそれが児童の心身に有害な業務である以上前述の様に戸籍謄本の取寄、その他正確な客観的資料に基く調査の業務があるのであつて、たとえ飯場に右の如き簡単な年齢調査の慣行があつたとしてもこの調査義務を免れることは出来ない、この点の弁護人の主張は採用できない。次に弁護人は本件犯行当時児童はあと一ヶ月余りで満一八歳になるのであるからその年齢の確認は困難であつたと主張しているが、前記認定の如くなるほど児童の生年月日は昭和二四年七月二九日で本件犯行の日は昭和四二年七月六日、七日であるから同月二九日を以て児童は満一八歳になるわけで、児童の年齢が満一八歳に接近した年齢であることは認め得るところであるが、この様な弁護人の主張が肯定されるとすれば満一八歳に接近した年齢の児童に対し本件の如き犯行をした者は総て皆犯罪の成立を免れるという不合理なことになり、且たとえ満一八歳に接近した年齢の児童でも年齢確認の為の正確な調査は困難でないからこの点に関する主張も亦採用できない、更に弁護人は○田○二という偽名を使用していたからたとえ本籍照会をしていたとしても正確な年齢の判明は不可能であると主張しているが、児童が偽名を使用した為仮に本籍地の市町村長より戸籍謄抄本の入手ができなかつたとしても児童の氏名に不審を抱き更に児童に対して正確な調査をするなり、住民票、米穀通帳等の取寄せ、学校照会、親元への調査問合せ、その他の正確な調査をすべきであつて、そうすることによつて児童の正しい氏名と生年月日を確認することが可能なのであつて、児童が偽名を使用したというだけで確実な年齢確認が不可能であるという主張も亦採用し難い、以上の如く児童の年齢を知らないことにつき過失がないという弁護人の主張は総て採用できない。
よつて主文の通り判決する。
(裁判官 吉次賢三)